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東京地方裁判所 昭和32年(行)3号 判決

原告 許宗守 外一名

被告 東京入国管理事務所主任審査官

主文

原告らの請求を棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が昭和三十一年八月二十二日附第二百九十二号をもつて原告許宗守に、同日附第二百九十三号をもつて原告李元に対しなした各退去強制令書の発付はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求め、その請求の原因として、

一、原告許宗守は韓国人で昭和二十九年八月頃本邦に入国した者であり、原告李元はその長男として昭和三十一年三月四日本邦において出生した者である。

二、東京入国管理事務所入国審査官塙健三郎は、昭和三十一年六月七日附で原告許宗守に対し出入国管理令第二十四条第一号に、また同年同月九日原告李元に対し出入国管理令第二十四条第七号に各該当すると認定した。

原告等は右認定に対し適法な口頭審理の請求をしたところ特別審理官は右認定に誤りがないと判定しこれを原告等に通知したので、原告等は法務大臣に異議の申立をしたところ、法務大臣は右異議の申立を理由がないと裁決した。

そこで主任審査官は、昭和三十一年八月二十二日附第二百九十二号をもつて原告許宗守に、同日附第二百九十三号をもつて原告李元に対し各退去強制令書を発付した。

三、しかしながら原告許宗守は、昭和十年頃から許婚となつていた訴外李弘洙と結婚するため前記日時頃本邦に入国し、その頃から右訴外人と内縁関係にあり、(日韓両国間の国交上の特殊事情のため正式の婚姻届ができないものである)すでに原告李元をもうけて夫婦仲も睦まじく暮しているのであつて、なお右訴外人は戦時中から本邦に居住し、現在煎餠の製造を営み相当の資産及び信用もあつてその生活には何らの不安もないのである。

四、したがつて法務大臣としては、右のような事情の下にある原告等に対しては前記異議申立に対する裁決をなすにあたつて在留を特別に許可すべきであつたにもかかわらず、右許可を与えることなく原告らの異議申立を理由なしと裁決したことは裁量権を濫用したものであり、したがつて右裁決は違法であり、違法な右裁決に基いてなされた被告の処分もまた違法である。

よつて被告の前記各退去強制令書の発付の取消を求めるため本訴に及んだ。

と述べた。(立証省略)

被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、請求の原因第一、二項は認め、第三項は不知、第四項は否認する。

原告許宗守は、出入国管理令第三条の規定に違反して有効な旅券又は乗員手帳を所持しないで本邦に入つた者、同李元は出入国管理令第二十二条の二に違反して、その出生の日である昭和三十一年三月四日から六十日を超えて本邦内にひきつづき在留しながら、同日から三十日以内に出入国管理令施行規則第二十一条の二第一項の定めるところにより法務大臣に対し在留資格の取得を申請しなかつた者である。よつて被告は、原告許宗守は出入国管理令第二十四条第一号、同李元は同条第七号にそれぞれ該当するものとして出入国管理令所定の手続を経て、原告らの異議申立を理由なしとする法務大臣の裁決に基き法定の本件退去強制令書を発付したものである。しかも出入国管理令第五十条の規定によつて法務大臣が在留を特別に許可するかどうかは法律上全く法務大臣の専権に属する自由裁量処分であつて主任審査官の関知するところでないのみならず、法務大臣の裁決に対しても主任審査官としては、ただこれに従つて退去強制令書の発付又は放免をする以外に何らの裁量権もないことは、出入国管理令の解釈上疑を容れないところであり、したがつて被告は原告らに対する本件退去強制処分について事案の軽量その他の事情を考慮する等の余地は全く存しない。それ故法務大臣の裁決に基いて、出入国管理令第五項に則り被告が原告らに対してなした各退去強制令書の発付は適法である。よつて原告らの請求は失当として棄却されるべきものである。

と述べた。(立証省略)

理由

請求の原因第一、二項は当事者間に争がない。

よつて被告の本件処分が適法かどうかにつき判断する。

原告許宗守が出入国管理令(以下令という)第二十四条第一号に、また原告李元が同条第七号に各該当する者であることは原告らの明らかに争わないところである。

原告らは法務大臣が原告らに対し在留の特別許可を与えることなく原告らの異議の申立を理由なしと裁決したことは裁量権の濫用であるから違法であると主張する。

しかしながら、外国人の出入国及び滞在の許否は、元来国家が自由にこれを決しうることがらであるから、特別審理官の判定に対する異議の申立につき法務大臣が審理の結果その申立を理由がないと認めた場合において、在留を特別に許可するか又は異議の申立を理由なしと裁決するかは法務大臣の自由な裁量に委ねられていると解すべきものである。もつともその裁量権にも限界があると解するのが相当であるが、本件においては、仮に原告ら主張第三項のような事情があつたとしても、それだけでは法務大臣が在留を特別に許可することなく原告らの異議の申立を理由なしと裁決したことをもつて裁量権を濫用したものということはできないから、法務大臣の本件裁決には原告ら主張のような違法はないというべきである。

そうすると被告としては異議の申立を理由なしとする法務大臣の裁決があつた場合には、これに従つて退去強制令書を発付する以外に何らの裁量権も与えられていないと解すべきであるから、前記のような法務大臣の裁決に従い原告らに対しそれぞれ退去強制令書を発付した被告の処分には何ら違法はないといわなければならない。

よつて原告の本訴請求は理由がないからこれを棄却することとし訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 石田哲一 地京武人 越山安久)

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